「野球肘とは」の記事では、野球肘が「投球によって肘に生じる複数の障害の総称」であることを解説しました。
では、なぜ投げることで肘に負担がかかるのでしょうか。
野球肘は、単純に「フォームが悪いから」「投げすぎだから」と説明できるものではありません。
投球そのものが生み出す力学的な負荷に加え、成長期の骨・成長部、投球量、疲労、競技環境、身体機能、投球動作など、複数の要素が重なって発生する
と考える方が実際の医学研究に近い捉え方です。
若年野球選手を対象としたシステマティックレビューでも、年齢、身長、複数チームでの活動、球速、腕の疲労、投球数など、複数の因子が肩・肘障害と関連しています。
この記事では、野球肘が起こる仕組みを、
投球の力学 → 肘の内側・外側への負荷 → 成長期 → 疲労 → 投球量 → 身体全体の動き
という順番で整理します。
※この記事は一般的な医学情報を提供するものであり、個別の診断や治療を行うものではありません。
1.結論の要約
この記事で押さえておきたいポイントは、次の5つです。
- 投球では肘に大きな外反ストレスが生じ、内側の靱帯や周囲組織に負荷がかかります。
- 同じ投球負荷でも、成長期では骨や成長部の発達段階によって障害される部位が変わります。
- 疲労は投球動作や肘の支持機構に変化をもたらす可能性があり、投球を繰り返すことによる負荷の蓄積が問題になります。
- 投球数や練習量は重要な管理対象ですが、「○球なら安全」という単純な境界線が医学的に確立しているわけではありません。
- 投球は全身運動であり、身体の使い方も関係しますが、野球肘をフォームや股関節など一つの要因だけで説明することはできません。
2.症状・状況の説明
野球肘は「一つの原因」で起こるわけではない
野球肘を理解するうえで、最初に知っておきたいのが、
野球肘は、多くの場合、複数の要因が重なって発生する
ということです。
若年野球選手を対象としたKraanらのシステマティックレビューでは、肘・肩の痛みについて、年齢、野球経験年数、守備位置、練習時間、投球数、腕の疲労、複数チームでの活動など、複数の因子が報告されています。
Nortonらのシステマティックレビューでも、思春期の野球選手では、年齢、身長、複数チームでのプレー、球速、腕の疲労が投球側上肢障害の独立したリスク因子として整理され、1試合あたりの投球数は肩障害のリスク因子となる可能性が示されています。
つまり、
「フォームが悪い」
「投げすぎた」
という一つの理由だけで説明するより、
身体がどのような状態で、どのくらいの負荷を、どのような動作で、どのくらい繰り返していたのか
を考える必要があります。
3.判断のポイント
まず知っておきたい「投球時の外反ストレス」
投球動作では、特に後期コッキングから加速期にかけて、肘には大きな外反方向のストレスが生じます。
これは、肘を構成する骨や靱帯などに異なる方向の力がかかることを意味します。
成人投手を対象とした生体力学研究では、投球中に肘へ最大約64 N・mの外反方向のトルクが生じたことが報告されています。
この力に対して、肘の内側にある**尺側側副靱帯(UCL)**や、前腕の屈筋群などが肘の安定性に関わります。UCLは肘の外反に対する主要な安定化組織の一つです。
つまり、
投げるという動作そのものが、肘の内側に機械的ストレスを生む
ということです。
これは「投球フォームが悪い選手だけに起こる負荷」ではありません。
UCLにはどのくらい負荷がかかる?
文献では、投球時に生じる外反トルクのうち、約54~55%をUCLが担うという死体研究由来のデータが紹介されています。
一方で、投球時の肘には骨・関節包・筋肉など複数の組織も関与しています。
そのため、
「64 N・mの力がすべてUCLにかかる」
という意味ではありません。
また、64 N・mという値は主に成人や高い競技レベルの投手を対象とした研究から得られたものであり、小学生・中学生にそのまま当てはめるべき数値ではありません。
ここは、成長期の選手を考える際に重要なポイントです。
肘の外側にも大きな負荷がかかる
投球時には、内側だけではなく肘の外側にも圧迫・剪断方向の力が加わります。
投球動作では、橈骨頭と上腕骨小頭からなる肘外側の関節面に、最大約500 Nの圧迫力が推定されています。
このような繰り返しの負荷は、成長期の上腕骨小頭に生じる**離断性骨軟骨炎(OCD)**などの病態を考えるうえで重要です。
思春期の野球選手2,433人を超音波で調査した研究では、上腕骨小頭OCDが82肘、**3.4%**で確認されました。また、OCDのある選手では、野球を始めた年齢が早く、競技歴が長く、現在・過去の肘痛が多いことが報告されています。
4.受診の目安
成長期では「弱い場所」が大人と違う
ここが、成長期の野球肘を理解するうえで特に重要です。
子どもの骨には、成長に関わる**骨端線(成長軟骨)**があります。
骨が成熟していない時期では、投球による力が成人とは異なる部位に影響することがあります。
若年投球選手を扱ったレビューでは、成長段階によって障害されやすい部位が異なり、成人なら靱帯が問題となるような負荷でも、成長期では骨や成長部が障害される可能性があることが示されています。
したがって、
「大人では靱帯を痛めるような負荷だから、子どもも同じ場所が痛む」
とは限りません。
成長期では、その時点で身体のどこが構造的に弱いのかを考える必要があります。
実際にどのくらい肘が痛くなるのか
日本の7~11歳の野球選手449人を1シーズン追跡した前向き研究では、30.5%がシーズン中に肘痛を経験しました。
肘痛を経験した選手のうち、72.3%には身体診察上の異常が認められ、そのうち81.4%にはX線上の異常が認められました。研究では、12歳時点の年齢、投手・捕手であること、年間100試合を超えてプレーすることが肘痛のリスク因子として示されています。
ここで注意したいのは、
この研究は「投球負荷が靱帯より先に骨端線に現れること」を直接証明したものではない
ということです。
示されているのは、成長期の選手に肘痛や画像上の異常が一定数存在し、年齢・守備位置・競技量などと関連していたという事実です。
5.予防・セルフケア
疲労すると肘の状態は変化する
「疲労した状態で投げ続けない」という考え方には、力学的な背景があります。
高校野球選手25人を対象に、繰り返し投球前後の肘内側の関節裂隙を超音波で測定した研究では、60球後に投球前より関節裂隙が有意に広がったことが報告されています。
同様に、別の研究では、60球の最大努力投球後に、青少年選手の肘内側関節裂隙が有意に増加しました。
ただし、
「関節裂隙が広がった=靱帯が損傷した」
という意味ではありません。
これらの研究から言えるのは、
反復投球によって肘の内側の支持状態が変化する可能性がある
ということです。
したがって、疲労を感じている状態で投球を続けることは、予防の観点から注意が必要です。
投球数は重要だが、「安全ライン」ではない
投球数は、野球肘を考えるうえで重要な管理項目です。
日本臨床スポーツ医学会は、1995年の「青少年の野球障害に対する提言」で、小学生について、1日50球以内、週200球以内などの投球数の目安を示しています。
ただし、これは、
「50球以内なら安全」
という医学的な境界線を意味するものではありません。
実際、研究では投球量だけでなく、年齢、競技歴、守備位置、疲労、複数チームでの活動など、複数の要因が肩・肘痛と関連しています。
さらに、現在の競技ルールとして、全日本軟式野球連盟では2026年シーズンから学童部に1週間の投球数制限を導入し、従来の1日70球以内(4年生以下60球以内)に加えて、1週間210球以内(4年生以下180球以内)としています。
ここで大切なのは、
医学的な提言
と
競技団体が定めるルール
は同じものではないということです。
また、球数制限が重要であっても、それだけで野球肘を完全に予防できるわけではありません。
体全体の使い方も関係する
投球は、
下肢 → 骨盤・体幹 → 肩・肩甲帯 → 肘 → 手
という身体全体の連動を伴う動作です。
投球動作を扱ったレビューでは、下肢や体幹で生み出された力が肩・肘を介してボールへ伝わるキネティックチェーンとして投球が説明されています。早期の体幹回旋、下肢・体幹の動作、肩の可動性、疲労などは、投球時の肩・肘トルクに影響しうる要因として整理されています。
ただし、
「股関節が硬いから野球肘になる」
「体幹が弱いから野球肘になる」
というように、一つの身体機能を原因として断定することはできません。
投球動作の研究では、フォームに関する多くの要因が検討されていますが、すべての動作要因について傷害発生との因果関係が確立しているわけではありません。
下半身・体幹のケガと腕のケガにも関連が報告されている
Minor League Baseball投手297人を7年間追跡した研究では、下肢または体幹の「キネティックチェーン」に関係するケガを経験した投手は、その後の腕のケガのハザードが高いことが報告されました。ハザード比は2.6でした。
ただし、これはプロ野球に近い競技レベルの投手を対象とした研究です。
その結果を小学生や中学生にそのまま当てはめることはできません。
したがって、成長期の野球選手については、
「身体全体を評価する視点は重要だが、それだけで野球肘の原因を特定できるわけではない」
と考えるのが適切です。
6.復帰の考え方
「フォームを直せば野球肘を防げる」という考え方には注意
ここまでを整理すると、野球肘には、
- 投球そのものが生み出す外反・圧迫・剪断ストレス
- 成長期の骨・成長部の発達段階
- 投球量
- 練習量
- 疲労
- 競技環境
- これまでの痛みや障害
- 投球動作
- 身体機能
など、複数の要因が関係しています。
したがって、
「フォームが悪いから野球肘になった」
と一つの原因に決めつけるのは適切ではありません。
一方で、投球動作の違いが肘に加わるトルクやストレスと関連する研究はあります。
重要なのは、
フォームを評価することと、フォームを野球肘の単一原因とすることは別
ということです。
何か一つを改善すれば解決するわけではない
例えば、
投球数を減らす
だけでも、
フォームを変える
だけでも、
筋力をつける
だけでも、
すべての野球肘を防げるとは限りません。
むしろ、
成長段階
+
投球負荷
+
疲労
+
身体機能
+
投球動作
+
既往歴・競技環境
を総合して考えることが重要です。
7.筆者の経験・現場での声
「使いすぎ」とだけ考えていた自分
私自身、選手だった頃は「なぜ肘が痛くなるのか」を詳しく考えたことはありませんでした。
「使いすぎだから」
「練習がきついから」
その程度に考えて、痛みを抱えながら野球を続けていました。
現在、柔道整復師・鍼灸師として身体の仕組みを学び、少年野球の現場にも関わるようになってから、投球によって肘にどのような力が加わるのか、成長期ではどのような組織が影響を受けるのかを知りました。
当時の自分が知っていれば、痛みを「我慢するもの」と考えるのではなく、
「今、身体にどのような負荷がかかっているのか」
を考えられたかもしれません。
今は少年野球の現場で、選手に「フォームが悪いから痛くなった」と簡単に伝えるのではなく、
成長、疲労、投球量、身体の状態などを含めて、なぜ負担がかかっているのかを考える
ことを大切にしています。
※この章は筆者自身の経験に基づくもので、医学的エビデンスではありません。
8.関連記事リンク
野球肘の全体像を知りたい方
→ 野球肘とは?症状・原因・治療・予防・投球復帰まで徹底解説
野球肘の予防方法を知りたい方
→ 野球肘の予防方法
痛みがあるときに練習してよいか知りたい方
痛む場所から考えたい方
野球肘の検査について知りたい方
筆者について知りたい方
→ 筆者について
参考文献・情報源
学術文献
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公式情報
- 日本整形外科学会.野球肘. 日本整形外科学会「野球肘」
- 日本臨床スポーツ医学会.1995年「青少年の野球障害に対する提言」.日本臨床スポーツ医学会の委員会提言一覧に掲載されています。
- 公益財団法人全日本軟式野球連盟.学童部における一週間に係る投球数制限の導入について.2026年シーズンから週210球以内、4年生以下180球以内等を導入。
この記事は一般的な情報提供を目的としています。個別の症状については、必ず医療機関を受診し、専門家の判断を仰いでください。

