野球では、「腕を振る」「バットを振る」「脚を動かす」といった言葉で動きを表すことがあります。
でも、実際の体の動きは、それほど単純ではありません。
たとえば投げる動作では、腕だけでなく、下半身や体幹など、体のいろいろな部分が協調して動きます。投球は、下肢・体幹・上肢が連続して働く全身運動として研究されています。[1][2]
では、なぜ体は一部分だけでは動かないのでしょうか?
この記事では、「体はどうして全身で動くのか」という疑問から、
「力をつくる・伝える・支える・受け止める」という体の役割を見ていきます。
そして最後に、こうした体のつながりを考えるときに使われる、
「運動連鎖」
という言葉についても、できるだけ難しくならないように説明します。
体は、一部分だけでは動かない
まず考えてみたいのが、「一つの動作をするとき、体のどこが動いているのか?」ということです。
「腕だけを見ても、投球動作のすべては分からない」
ボールを投げるとき、腕は大きく動きます。
そのため、「投げる=腕を振る」と考えやすくなります。
しかし、投球では腕だけが働いているわけではありません。
下半身や体幹を含めた複数の身体部位が協調しながら動き、最終的にボールへ力を伝えていきます。[1][2]
だから、投球を見るときも、
「腕がどう動いたか」
だけではなく、
「その前後で体全体がどう動いていたか」
を見ることができます。
「脚だけを見ても、走る動作のすべては分からない」
走るときには、もちろん脚が大きく動きます。
でも、走る動作全体を見ると、脚の動きだけでなく、体を支えたり、姿勢を保ったり、加速・減速したりする働きも関わっています。
特に野球では、
- スタートする
- 加速する
- 減速する
- 止まる
- 方向を変える
といった動きも必要です。
同じ「走る」でも、その場面によって体の使い方は変わります。
一つの動作には、いくつもの身体部分が関わっている
つまり、野球の動作を考えるとき、
「どの部分を動かすか」
だけを見るのではなく、
「体のいろいろな部分が、どのように協力しているか」
を見ることが大切です。
ここから、「全身で動く」という考え方が見えてきます。
体の動きには「役割分担」がある
体全体が動くと聞くと、「全部が同じように力を出している」と思うかもしれません。
実際には、そうではありません。
それぞれの部分には、違った役割があります。
力をつくる
体を動かすには、まず力が必要です。
筋肉は働くことで力を生み出し、その力が骨や関節の動きにつながります。筋肉と骨をつなぐ腱も、筋肉が生み出した力を伝える役割を持っています。[3]
力を伝える
ある場所で生まれた力を、そのまま同じ場所で使うとは限りません。
体の動きでは、複数の身体部位が関係しながら、力や動きを次の部分へつないでいきます。
野球では、こうした「つながり」を考えることが特に大切です。
体を支える
体を動かすためには、同時に体を支えることも必要です。
たとえば投げるときも、腕を振るだけではなく、その腕の動きを支える体全体の働きがあります。
力を受け止める
動作では、「力を出す」だけでは終わりません。
走っていて止まるときや、方向を変えるとき、投げ終わったときなどには、体を減速させたり、動きを受け止めたりする必要があります。
動きを調整する
体は、ただ力を出しているわけでもありません。
脳や神経からの指令と、体から入ってくる感覚情報を使いながら、動きを調整しています。[4]
たとえばボールを捕るときは、
「ボールがどこにあるか」「手がどこにあるか」「どのくらい動けば届くか」
などの情報を使いながら、体を動かします。
つまり、
力をつくる
力を伝える
支える
受け止める
調整する
といったさまざまな役割が組み合わさって、一つの動作が作られています。
力は、体の中でどうつながっていく?
ここから、もう少し「全身で動く」ということを考えてみましょう。
下半身は動きの土台になる
立ったり、走ったり、投げたりするとき、下半身は体を支える大切な役割を担います。
野球では、下半身を使う場面がたくさんあります。
たとえば投球では、下肢の動きが体幹や上肢を含めた全身の動きの一部になります。[1][2]
体幹は下半身と上半身の動きに関わる
体幹は、単に「体の真ん中」にあるだけではありません。
下半身と上半身を含む全身の動きの中で、体幹の動きや安定性も関わっています。
だから、投げる動作を腕だけで考えるのではなく、
下半身・体幹・上半身
というように、体全体の関係を見ることができます。
上半身は、その力を動作につなげる
投球であれば、最終的には腕や手を使ってボールに力を伝えます。
ただし、上半身だけが独立して働いているわけではありません。
下半身や体幹を含む全身との協調の中で、上肢の動きが生まれます。[1][2]
一つの場所だけで、動作全体をつくっているわけではない
ここが大切です。
たとえば「肘を動かすから投げられる」と考えると、肘の動きだけに注目してしまいます。
でも実際の投球では、肘だけではなく、
体全体の動きの中で肘が動いている
と考えることができます。
これは「肘が原因ではない」という意味ではありません。
一つの部位を、その部位だけで考えない
という視点です。
「運動連鎖」って何?
ここで、「運動連鎖」という言葉が出てきます。
難しい言葉ではない
運動連鎖は、簡単にいうと、
体のいろいろな部分がつながり、協力しながら動くことを考えるための言葉
の一つです。
英語では「kinetic chain」と表現され、特に投球では下肢・体幹・上肢の協調という文脈で研究されています。[1][2]
体の一部分ではなく、つながりを見る
たとえば、「肩はどう動く?」だけではなく、
「肩は、体全体の動きの中でどう動いている?」
と考えてみます。
「肘はどう動く?」
だけではなく、
「肘は、その前後の体の動きとどう関係している?」
と考えてみます。
これが、運動連鎖を見る一つの視点です。
「一本道」と考えないことが大切
ここは特に注意したいところです。
運動連鎖を、
足 → 股関節 → 体幹 → 肩 → 肘 → 手
という一つの決まった順番で、必ず力が流れる仕組みだと考える必要はありません。
実際の動作はもっと複雑で、複数の身体部位が協調して働きます。投球の研究でも、下肢・体幹・上肢の協調やエネルギー伝達が複数の要素から検討されています。[1][2]
だから運動連鎖は、
「正しい一本の順番を暗記するもの」
ではなく、
「体のつながりを見るための考え方」
として理解するのがおすすめです。
野球では、全身のつながりをどう使っている?
では、実際の野球ではどうでしょうか。
投げる
投球は、全身の協調が特に分かりやすい動作です。
下肢・体幹・上肢が協調しながら動くことで、一連の投球動作が作られます。[1][2]
そのため、
「腕をどう振るか」
だけではなく、
「体全体がどう動いて、最後にボールへつながっているか」
を見ることができます。
これは、投球動作を理解するときの大切な視点になります。
打つ
打撃でも、腕だけを使っているわけではありません。
下半身や体幹を含めた体全体を使いながら、バットを動かします。
ただし、「こうすれば必ず打てる」という一つの型があるわけではありません。
選手の体格、技術、タイミングなどによって動きは変わります。
ここでも大切なのは、
一部分だけではなく、全体を見る
ことです。
走る
走るときには、脚を使って地面に力を加え、体を前へ移動させます。
また、野球では単純に前へ走るだけでなく、スタート、加速、減速、方向転換など、状況に応じて動きを変えます。
そのため、脚だけでなく、
体を支える
体勢を変える
動きを止める
といった働きも関わります。
捕る
捕球では、まずボールに合わせて体を動かします。
そのうえで姿勢を安定させ、手を使ってボールを捕ります。
そして捕球後には、送球へ移ることもあります。
つまり、
走る → 捕る → 投げる
というように、一つの動作から次の動作へつながっていくこともあります。
「体のどこか一つ」に注目しすぎると、何が見えにくくなる?
野球の動きを見るとき、体の一部分に注目すること自体は悪いことではありません。
むしろ、必要なこともあります。
大切なのは、
「一部分を見ること」と「一部分だけで考えること」は違う
ということです。
腕だけを見る
「腕がどのくらい動いているか」は重要です。
でも、腕だけを見ていると、
「その腕を動かすために、体のほかの部分はどう働いていたのか」
が見えにくくなります。
肘だけを見る
肘の動きを知ることは、野球肘などを理解するうえでも必要です。
一方で、投球動作全体を考えるときには、
「肘が体全体の動きの中でどう動いていたか」
という視点も役立ちます。
脚だけを見る
脚の力や動きも重要です。
ただし、「脚をもっと使えばいい」と考えるだけでは、動作全体は分かりません。
動作全体を見る
だから、
一部分を見る
+
その部分が全体の中でどう働いているかを見る
という二つの視点を持つことが大切です。
この考え方は、ケガをしたときにも役立ちます。
もちろん、体の動きだけを見てケガの原因を自分で判断できるわけではありません。
ケガからの復帰でも「全身を見る」
ケガからの復帰を考えるときにも、身体のつながりを理解しておくことは役立ちます。
痛い場所だけではなく、身体全体の動きを見る
痛みのある場所を確認することは大切です。
一方で、復帰を考えるときには、
「その場所を含めて、身体全体がどのように動いているのか」
という視点も必要になります。
動かせることと、競技で使えることは同じではない
日常生活では問題なく動かせても、競技になると、
- 強い力を出す
- 速く動く
- 繰り返す
- 急に止まる
- 方向を変える
など、より大きな負荷がかかることがあります。
そのため、「動かせるようになった」ことと、「競技で必要な動きに戻った」ことを同じものとして考えないことが重要です。
リハビリでは、状態に合わせて必要な動きを取り戻していく
リハビリでは、体の状態を確認しながら、少しずつ必要な機能や動きを取り戻していきます。
どのような運動を、どのタイミングで行うかは、ケガの種類や状態によって異なります。
だからこそ、具体的なリハビリ方法は、専門家による評価と指導を受けながら進めることが大切です。
パフォーマンスを考えるときも「全身」で考える
身体のつながりを見ることは、ケガの話だけに限りません。
より良い動きを考えるときにも役立ちます。
力を出すだけではない
「もっと力を出そう」と考えるだけでは、動作全体は変わりません。
力を伝えることも大切
つくった力を、動作の目的に合わせて使うことも必要です。
体を安定させることも大切
大きく動きながら、必要な姿勢を保つことも動作の一部です。
動きを調整することも大切
タイミングや位置に合わせて、力の出し方や動きを調整することも必要です。
投球パフォーマンスも、単一の身体部位だけではなく、複数の身体的・力学的要素の組み合わせとして考えられています。[5]
単純に、
「どこを鍛えればもっと良くなる?」
だけではなく、
「体全体がどう協力して動けばいい?」
と考える視点が大切になります。
まとめ|「一部分」ではなく「つながり」で体を見る
今回、覚えておいてほしいことは5つです。
1.体は一部分だけでは動かない。
2.一つの動作には、いくつもの身体部分が関わっている。
3.体には「力をつくる・伝える・支える・受け止める・調整する」などの役割がある。
4.運動連鎖は、体のつながった動きを考えるための視点であり、決まった一本道ではない。
5.野球では、全身のつながりを見ることが、動作・ケガからの復帰・パフォーマンスを考える土台になる。
体の動きを理解するときは、
「どこが動いている?」
だけではなく、
「ほかの部分と、どう協力している?」
と考えてみてください。
それだけでも、投げる・打つ・走る・捕るという動作の見え方が変わってきます。
次に知りたい「力のつながり」
体全体が協力して動くことが分かってきたら、次は、
「力を出す・伝える・止めるって、実際にはどういうこと?」
を考えてみましょう。
次の記事では、筋肉が力を生み出し、その力がどのように動作につながるのかを、さらに分かりやすく見ていきます。
参考文献・情報源
- Chalmers PN, et al. The Relationship Between Pitching Mechanics and Injury: A Review of Current Concepts. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/28107113/
- Gauthier JM, et al. Evaluation and Treatment of Baseball Pitchers: There’s More to Assess than the Arm. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/39758696/
- OpenStax. Anatomy and Physiology 2e. Musculoskeletal system. https://openstax.org/details/books/anatomy-and-physiology-2e
- NCBI Bookshelf. Neurobiology of Motor Control. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK217810/
- The Relationship Between Whole-Body Kinematics and Pitching Performance in Baseball Pitchers: A Scoping Review. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/36752735/


