野球をしている子どもが、
「肘が痛い」
「投げると痛い」
「少し休めば大丈夫?」
と言ったとき、保護者や指導者として迷うことがあります。
まず知っておきたいのは、「野球肘」は一つの病気の名前ではないということです。
日本整形外科学会は、成長期にボールを繰り返し投げることによって生じる肘の障害を「野球肘」と説明し、肘の外側・内側・後方で異なる障害が起こることを示しています。[6]
そのため、「野球肘なら○日休めば治る」「肘が痛いけれど投げられるから大丈夫」と一律に判断することはできません。
どこが痛いのか、いつ痛いのか、肘が動かしにくくなっていないか、どのくらい投げているのか、疲労していないか、成長段階はどうか。
こうした情報を組み合わせて考える必要があります。
そして、これは決して珍しい問題ではありません。
日本全国の小学生野球選手8,354人を対象とした調査では、前年に肩・肘痛がなかった7,894人のうち、1年間に**肘痛を経験した選手は12.3%、肩痛は8.0%、肩または肘の痛みは17.4%**でした。
この記事では、野球肘について、
「何が起きるのか」
→「なぜ起こるのか」
→「いつ受診するのか」
→「どう治すのか」
→「どう予防するのか」
→「どう投球に戻るのか」
まで、一つの流れで整理します。
※この記事は一般的な医学情報を提供するものであり、個別の診断・治療を行うものではありません。痛みや可動域制限がある場合は、医療機関で評価を受けてください。
- この記事を読むと分かること
- 1.野球肘とは?
- 2.なぜ成長期の肘に注意が必要なのか?
- 3.小学生にも肘痛は起こる?
- 4.野球肘は肘のどこに起こる?
- 5.野球肘ではどんな症状が出る?
- 6.野球肘はなぜ起こる?
- 7.疲労は重要なリスク因子なのか?
- 8.投球数はどこまで管理すればいい?
- 9.「1日50球」は安全ラインなのか?
- 10.「フォームが悪いから野球肘になる」は本当?
- 11.肘が痛いとき、練習していい?
- 筆者の経験から
- 12.病院を受診した方がいい?
- 13.何科を受診すればいい?
- 14.野球肘の検査
- 15.野球肘の治療
- 16.リハビリでは肘だけを見ない
- 17.野球肘から投球へ復帰するには?
- 18.野球肘の予防
- 19.ストレッチや筋力トレーニングをすれば予防できる?
- 20.Pitch Smartはどう考える?
- 21.2026年の米国における高校野球研究から分かること
- 22.小学生・中学生・高校生で何が違う?
- 23.選手・保護者・指導者ができること
- 24.野球肘について「分かっていること」と「まだ分からないこと」
- 25.よくある質問
- 26.この記事で覚えてほしい5つのこと
- 27.次に読む記事
- 参考文献・情報源
この記事を読むと分かること
- 野球肘とは何か
- 肘の内側・外側・後方では何が違うのか
- 成長期の選手に注意が必要な理由
- 小学生にどのくらい肘痛が起きているのか
- 野球肘の症状には何があるのか
- 肘が痛いときに投げ続けてよいのか
- どのような場合に受診を考えるのか
- X線・超音波・MRIで何を調べるのか
- 野球肘の治療・リハビリはどのように進めるのか
- 投球復帰をどのように考えるのか
- 投球数・疲労・休養をどう管理するのか
- 研究から分かっていること、まだ分かっていないこと
1.野球肘とは?
「野球肘」は一つの病気ではありません
「野球肘」は、野球の投球などに関連して生じる複数の肘障害をまとめて表現する言葉です。
日本整形外科学会では、成長期に繰り返し投球することで肘に過剰な負荷がかかり、外側では骨・軟骨、内側では靱帯・腱・軟骨、後方では骨・軟骨などが障害されることを説明しています。[6]
したがって、
野球肘=一つの診断名
と考えるより、
投球に関連して生じる、さまざまな肘の障害をまとめた言葉
と理解する方が適切です。
この違いはとても重要です。
同じ「野球肘」でも、障害されている組織によって、必要な検査や治療、投球復帰までの期間が異なるからです。
2.なぜ成長期の肘に注意が必要なのか?
成長期には「まだ成熟していない組織」がある
小学生や中学生では、骨格が成人のように完成していません。
成長に関係する骨端部・骨端線などが存在するため、投球による繰り返しの負荷が、成長期特有の部位に影響することがあります。
日本整形外科学会も、成長期の野球肘では投球による繰り返しの負荷によって、肘の内側・外側・後方それぞれに異なる障害が生じることを説明しています。
したがって、
「大人の投球障害を小学生にそのまま当てはめる」
という考え方は適切ではありません。
3.小学生にも肘痛は起こる?
ここでは、日本の研究を最優先して見てみましょう。
日本全国8,354人の小学生調査
対象
日本全国の小学生野球選手
8,354人・412チーム
平均年齢8.9歳
研究方法
2015年に全国質問票調査を行い、前年に肩・肘痛がなかった7,894人について、過去1年間の肩・肘痛を調査しました。
結果
- 肘痛:12.3%
- 肩痛:8.0%
- 肩または肘の痛み:17.4%
でした。[1]
この研究から分かること
日本の小学生野球選手では、肩や肘の痛みが一定の頻度で起きていることが分かります。
この研究だけでは分からないこと
この調査から、
「1日○球投げると必ず肘を痛める」
といった因果関係や、安全な投球数の境界線を決めることはできません。
この研究で測定されたのは**肩・肘の「痛み」**であり、すべての選手が医師によって「野球肘」と診断されたわけではないからです。
「12.3%が野球肘になった」ではなく、「12.3%が肘痛を経験した」と表現する。
この区別が医学記事では重要です。
4.野球肘は肘のどこに起こる?
野球肘を考えるとき、最初に確認したいのが痛む場所です。
大きく、
内側・外側・後方
に分けて考えます。
ただし、痛む場所だけで病名を確定することはできません。
4-1.肘の内側
投球では肘に外反方向の負荷が生じるため、内側には靱帯、腱、骨・軟骨など複数の組織に負担がかかります。
日本整形外科学会も、内側では靱帯・腱・軟骨などの障害が起こることを示しています。[6]
したがって、
「内側が痛い=○○という病気」
と決めつけるのではなく、痛みの発生状況と身体所見を含めて評価します。
4-2.肘の外側
外側では、成長期に特に注意したい病態の一つとして、**上腕骨小頭の離断性骨軟骨炎(OCD)**があります。
日本整形外科学会でも、肘外側では骨・軟骨が障害されることを説明しています。[6]
一方、
外側が痛い=OCD
とは限りません。
外側痛、肘の伸びにくさ、引っかかり感などがある場合には、身体診察と必要な画像検査を組み合わせて評価します。
4-3.肘の後方
肘の後方にも投球による負荷がかかり、骨・軟骨などに障害が生じることがあります。
特に、
- 肘が伸びにくい
- 腫れがある
- 投球後にも痛みが続く
- 同じ痛みを繰り返す
といった変化がある場合は、投球を続ける前に評価を受けることが重要です。
5.野球肘ではどんな症状が出る?
代表的な症状として、
- 投球中の肘痛
- 投球後の肘痛
- 肘の伸びにくさ
- 肘の曲げにくさ
- 腫れ
- 引っかかり感
- 繰り返す痛み
などがあります。
日本整形外科学会も、投球時・投球後の痛みや肘の伸び・曲がりの悪化を野球肘の症状として挙げています。[6]
特に注意したいのが、
「痛みの強さ」だけでなく「動きが変わったか」
です。
以前より肘が伸びにくい、曲げにくいなどの変化がある場合は、症状の程度を別の角度から確認する必要があります。
6.野球肘はなぜ起こる?
野球肘を、
「フォームが悪いから」
「投げすぎだから」
のどちらか一つだけで説明することはできません。
若年野球選手の研究では、複数の要因が投球側上肢障害と関連しています。
6-1.年齢・身長
Nortonらのsystematic reviewは、青年野球選手を対象とした22研究を検討しました。
その結果、年齢、身長、複数チームでのプレー、投球速度、腕の疲労が、投球側上肢障害の独立したリスク因子として報告されています。[3]
投球数そのものについては、特に「1試合あたりの投球数」が肩障害のリスク因子である可能性が示されました。
ただし、このレビューは肘だけでなく肩・肘を含む投球側上肢障害を扱っています。
したがって、
「年齢が高いから野球肘になる」
と読み替えることはできません。
6-2.複数チームで投げる
同じsystematic reviewでは、複数チームでプレーすることが投球側上肢障害の独立したリスク因子として報告されています。[3]
これは現場で非常に重要な視点です。
一つのチームで、
「今週は30球しか投げていない」
としても、別のチームで投げていれば、実際の負荷はそれ以上になります。
したがって、負荷管理では、
チーム単位ではなく、選手本人の総投球量を見る
必要があります。
6-3.球速
Nortonらのsystematic reviewでは、投球速度も投球側上肢障害の独立したリスク因子として報告されています。[3]
ただし、
「球速が速い=必ず障害になる」
ではありません。
球速は年齢、体格、競技レベルなどと関係するため、単独の原因ではなく、負荷の大きさを考える一つの要素として扱います。
7.疲労は重要なリスク因子なのか?
ここは比較的強いエビデンスがあります。
Salamhらは、青年野球投手の肩・肘障害に関するsystematic review and meta-analysisを行い、1,238研究を検索して10研究を最終的に採用しました。
その解析では、腕の疲労を伴う投球が肩・肘障害と有意に関連し、プールされたオッズ比は13.32でした。[4]
またNortonらのsystematic reviewでも、腕の疲労は投球側上肢障害の独立したリスク因子とされています。
ただし、ここには重要な限界があります
Salamhらの解析対象は**肩・肘障害をまとめた「投球側上肢障害」**です。[4]
そのため、
「疲労すると野球肘になる確率が13.32倍になる」
とは言えません。
正確には、
青年野球投手では、腕の疲労を伴う投球が肩・肘障害と強く関連していた
と表現します。
この違いは非常に重要です。
8.投球数はどこまで管理すればいい?
投球数は重要な管理対象ですが、「○球なら安全」という単純な線引きはありません。
日本の小学生全国調査では、1日50球を超える投球と肩・肘痛との関連が報告されています。[1]
さらに、日本の8~12歳の投手を対象とした研究では、投球数制限の有用性が検討されています。
8~12歳719人を対象にした日本の研究
Matsuuraらは、2017年と2018年の8~12歳の投手を対象に、
1日7イニング制限
と
1日70球制限
を比較しました。
対象は、
- 2017年:352人
- 2018年:367人
でした。これはRCTではなく、**後ろ向きコホート研究(Level 3)**です。
実際の平均投球数は、
- 7イニング制限群:98.2球
- 70球制限群:52.5球
でした。[2]
そして、
- 肘痛:40.9% → 31.9%
- 肘屈曲制限:19.0% → 10.6%
と、70球制限群で有意に低い結果でした。[2]
この研究から言えること
12歳以下では、1日70球制限群の方が、7イニング制限群より肘痛と肘屈曲制限が少なかった。
この研究から言えないこと
「70球以下なら野球肘を予防できる」
「70球が安全限界である」
とは言えません。
研究は後ろ向きコホート研究であり、しかもOCDリスクについては明確な低下が確認されませんでした。
つまり、
投球数制限は重要だが、投球数だけですべての病態を予防できるわけではない
ということです。
9.「1日50球」は安全ラインなのか?
「1日50球」という数字には、複数の文脈があります。
日本臨床スポーツ医学会は1995年、12歳以下の野球選手について1日50球・週200球という投球数の目安を提言していました。この内容はMatsuuraらの研究でも背景として記載されています。[2]
一方、日本全国の小学生調査では、1日50球を超える投球と肩・肘痛との関連が報告されています。[1]
ここから、
50球以内なら安全
とは言えません。
正しくは、
「50球」は成長期の投球負荷を考えるための重要な目安の一つ
と考えます。
さらにMatsuuraらの研究では、70球制限群でもOCDリスクを明確に低下させる結果にはなりませんでした。
このことからも、
投球数
だけでなく、
疲労・連投・休養・年間の負荷・複数チームでの活動
などを合わせて管理することが重要です。
10.「フォームが悪いから野球肘になる」は本当?
結論から言えば、
フォームだけを野球肘の原因と断定することはできません。
Nortonらのsystematic reviewでは、年齢、身長、複数チーム、球速、腕の疲労などが明確なリスク因子として示された一方、
- 投球イニング数
- showcase参加
- 年間試合数
- 週のトレーニング日数
- 投球タイプ
- 肩外旋
- 肩総可動域
などは、有意なリスク因子とは認められませんでした。さらに、体重、投球月数、年間投球量などについては結果が不確実でした。[3]
これは、
身体機能や投球動作が重要ではない
という意味ではありません。
むしろ、
一つのフォーム要素だけで野球肘を説明できるほど、現在のエビデンスは単純ではない
という意味です。
したがって当サイトでは、
「このフォームだから野球肘になった」
という断定を避け、
投球負荷、疲労、成長、身体機能、競技環境、投球動作を総合して考える
ことを基本とします。
11.肘が痛いとき、練習していい?
「痛みを我慢して投げ続ける」は避ける
日本整形外科学会は、野球肘では投球を中止し、肘を安静にすることが重要としています。また、痛みを我慢して投球を続けると障害が悪化し、症状によっては手術が必要になる場合があると説明しています。[6]
そのため、
「痛いけど投げられるから投げる」
という判断は避けるべきです。
「休む=すべての運動を禁止」ではない
一方で、投球を休止することと、すべての運動を禁止することは同じではありません。
障害の種類や程度によっては、医療者の指示のもと、
- 下半身のトレーニング
- 体幹トレーニング
- 可動域訓練
- 肩や肩甲帯の機能改善
などを行う場合があります。
つまり、
「野球を全部やめるか、痛みを我慢して全部続けるか」
という二択ではありません。
筆者の経験から
私自身、高校時代に肩・肘・腰の痛みを抱えながら、「だましだまし」で野球を続けていました。
当時は、
「痛いけど投げられる」
ことを、
「まだ大丈夫」
と考えていました。
柔道整復師・鍼灸師として身体の構造や機能を学び、現在は草野球で投手を務め、少年野球の現場にも関わるようになった今、当時とは違う視点を持つようになりました。
今の自分が当時の自分に伝えるなら、
「投げられるかではなく、今の身体に何が起きているのかを知ろう」
と伝えます。
これは筆者自身の経験であり、医学研究の結果ではありません。
12.病院を受診した方がいい?
次のような場合は、医療機関で評価を受けることを考えてください。
- 投球すると肘が痛い
- 投球後も痛みが残る
- 同じ場所の痛みを繰り返す
- 痛みが強くなっている
- 肘が伸びにくくなった
- 肘が曲げにくくなった
- 腫れがある
- 引っかかり感がある
- 日常生活でも痛む
- 投球を休んでも改善しない
日本整形外科学会でも、投球時・投球後の痛みや、肘の伸び・曲がりの悪化を野球肘の症状として挙げています。[6]
13.何科を受診すればいい?
基本的には整形外科です。
可能であれば、
スポーツ整形外科
小児・成長期のスポーツ障害を診療している医療機関
野球選手の肘障害を診療している医療機関
などを選択肢にしてください。
野球肘では、年齢・症状・投球歴・身体診察・必要な画像検査などを組み合わせて評価します。
14.野球肘の検査
検査では、
問診
↓
身体診察
↓
必要に応じてX線・超音波・MRIなど
という流れで評価します。
日本整形外科学会は、野球肘の診断にX線やMRIを用いると説明しています。[6]
ただし、すべての選手にすべての画像検査が必要なわけではありません。
どの検査を選ぶかは、
- 年齢
- 痛む場所
- 症状
- 可動域
- 身体診察
- 疑われる病態
などによって変わります。
また、成長期の選手では、画像所見だけを見て自己判断することも避ける必要があります。
詳しくは、
→ 野球肘の検査|X線・エコー・MRIの違いを解説

で解説しています。
15.野球肘の治療
野球肘の治療は、病態によって変わります。
日本整形外科学会は、投球中止と肘の安静を基本としながら、症状によっては手術が必要になる場合もあるとしています。
したがって、
「野球肘=必ず安静だけ」
でも、
「野球肘=手術」
でもありません。
保存療法
病態によっては、
投球負荷を調整する
↓
症状を落ち着かせる
↓
必要な身体機能を回復する
↓
段階的に投球へ戻る
という保存療法が選択されます。
具体的な内容や期間は、病態や画像所見によって異なります。
手術が必要になる場合もある
障害の種類や進行度によっては、手術が検討されます。
日本整形外科学会も、野球肘では病態によって手術が必要になる場合があり、骨・軟骨の状態に応じた複数の術式があると説明しています。
したがって、手術の必要性は、
「野球肘かどうか」
だけで決まるものではなく、
「どの病態で、どの程度進行しているか」
によって判断されます。
16.リハビリでは肘だけを見ない
投球は肘だけで行う運動ではありません。
肩、肩甲帯、体幹、股関節、下肢などが協調して動く全身運動です。
そのため、必要に応じて、
- 肘の可動域
- 肩の可動域
- 筋力
- 肩甲帯
- 体幹
- 股関節
- 下肢
- 投球動作
などを評価します。
ここで注意したいのが、
「身体のどこかに問題があった=それが野球肘の原因」
とは限らないことです。
身体機能の評価は、現在どこに負荷がかかっている可能性があるかを考えるための材料として使います。
17.野球肘から投球へ復帰するには?
痛みがなくなっただけでは復帰とはいえない
投球復帰では、
- 症状
- 可動域
- 筋力
- 病変の状態
- 投球耐性
- 必要な身体機能
などを確認します。
日本整形外科学会も、スポーツ復帰の時期について主治医とよく相談するよう説明しています。
段階的に負荷を戻す
一般的には、
投球休止
↓
症状・身体機能の回復
↓
軽い投球
↓
投球量・距離・強度を段階的に増やす
↓
通常練習
↓
試合復帰
という考え方をとります。
ただし、
「野球肘なら○週間で復帰」
という一律の基準はありません。
病態によって必要な休養・治療・復帰基準が異なるためです。
18.野球肘の予防
野球肘の予防では、
「投球数だけを管理する」
という考え方から一歩進む必要があります。
見るべきなのは、
投球負荷
投球数、投球強度、連投など
疲労
疲労した状態で投球していないか
休養
投球しない日を確保できているか
年間・週間の総負荷
練習、試合、複数チームでの活動など
成長
身体が大きく変化する時期ではないか
です。
若年野球選手のsystematic reviewでは、年齢、身長、複数チーム、球速、腕の疲労などが投球側上肢障害と関連していました。[3]
19.ストレッチや筋力トレーニングをすれば予防できる?
ここは誤解の多いところです。
もちろん、選手の身体機能を評価し、必要なトレーニングやコンディショニングを行うことには意味があります。
しかし、
「このストレッチをすれば野球肘を予防できる」
「肩甲骨を動かせば野球肘にならない」
「体幹を鍛えれば野球肘を防げる」
といった単純な結論を出せるだけの根拠はありません。
Nortonらのsystematic reviewでは、肩外旋や肩の総可動域などが青年野球選手の投球側上肢障害について明確なリスク因子とは認められませんでした。
そのため、
身体機能は「評価・必要に応じて改善する対象」ではあっても、単一の予防法として扱わない
という姿勢が重要です。
20.Pitch Smartはどう考える?
MLB・USA BaseballのPitch Smartでは、年齢別に1日の投球数と休養日数を設定しています。[7]
例えば現在のガイドラインでは、
| 年齢 | 1日の最大投球数 |
|---|---|
| 7~8歳 | 50球 |
| 9~10歳 | 75球 |
| 11~12歳 | 85球 |
| 13~14歳 | 95球 |
| 15~16歳 | 95球 |
| 17~18歳 | 105球 |
などが示されています。 (mlb.com)
ただし、これはガイドライン・推奨値です。
医学研究から、
「この球数までは絶対に安全」
と証明された数字ではありません。
また、日本の競技環境やルールをそのまま置き換えるものでもありません。
したがって、
Pitch Smart=安全ライン
ではなく、
Pitch Smart=投球負荷を管理するための一つのガイド
と理解してください。
21.2026年の米国における高校野球研究から分かること
2026年にKrizらが発表した米国高校野球の研究では、2013~2014年から2018~2019年までのデータを用いて、1,554,708 athlete-exposuresの中で295件の肩・肘障害を分析しました。[5]
全国的な投球制限政策の導入前後を比較すると、
肩・肘障害全体、肩障害、肘障害の発生率に統計学的に有意な変化はありませんでした。[5]
一方、政策の中身を見ると、
- 連続投球日の休養規定
- 1日105球以下
- 105球を超えた場合の4日以上の休養
などの具体的な要素が、肩・肘障害率の低下と関連していました。
ここから分かること
「投球制限政策を導入すれば、それだけで障害が減る」とは限らない。
一方で、
休養日や具体的な投球数上限など、政策の中身によっては障害率との関連がみられる。
ということです。
ただし、この研究には重要な限界があります
対象は米国高校野球です。
したがって、
「日本の高校生は105球まで投げてよい」
という根拠にはなりません。
また、観察研究なので、特定の政策要素が障害を直接減らしたと証明したものでもありません。
22.小学生・中学生・高校生で何が違う?
小学生
成長途中の骨・軟骨などを考慮する必要があります。
また、日本全国調査では小学生でも肩・肘痛が一定の頻度でみられました。
中学生
成長に加えて、競技レベルや投球強度が変化しやすい時期です。
青年野球選手では、年齢、身長、複数チーム、球速、腕の疲労などが投球側上肢障害と関連しています。
高校生
投球強度が高くなり、連投や疲労、シーズンを通じた投球負荷の管理が重要になります。
2026年の米国高校野球研究でも、休養規定や具体的な投球数上限など、投球制限政策の構成要素との関連が検討されています。
23.選手・保護者・指導者ができること
選手
- 痛みを隠さない
- 疲労しているときは無理に投げない
- 投球数を記録する
- 試合だけでなく練習の投球も把握する
- 複数チームで活動している場合は全体の投球量を確認する
保護者
- 「投げられるから大丈夫」と決めつけない
- 子どもが痛みを伝えやすい環境をつくる
- 投球数だけでなく疲労・休養も確認する
- 痛みや可動域制限が続く場合は受診を考える
指導者
- 選手の投球量を把握する
- 連投と休養を管理する
- 疲労状態を観察する
- 複数チームでの活動を考慮する
- 痛みを訴えた選手に投球継続を求めない
24.野球肘について「分かっていること」と「まだ分からないこと」
| テーマ | 現時点での評価 |
|---|---|
| 成長期の反復投球と肘障害 | 重要な医学的背景 |
| 日本の小学生の肘痛 | 全国調査で一定頻度を確認 |
| 腕の疲労 | 投球側上肢障害との関連を支持する研究あり |
| 複数チーム | リスク因子として報告 |
| 球速 | リスク因子として報告 |
| 投球数 | 重要な負荷管理項目 |
| 70球制限 | 肘痛・屈曲制限の低下と関連した日本研究あり |
| 70球でOCDを予防 | 明確な効果は確認されていない |
| ストレッチだけで予防 | 十分な根拠はない |
| 筋力トレーニングだけで予防 | 一律の効果は確立していない |
| フォームだけが原因 | 支持されていない |
| 「○球なら安全」 | 確立していない |
| 「○日休めば治る」 | 一律には言えない |
| 投球制限政策 | 政策全体と具体的構成要素で結果が異なる可能性 |
25.よくある質問
Q1.野球肘は自然に治りますか?
病態や程度によって異なります。
投球負荷を調整することで改善する場合もありますが、野球肘は複数の病態を含むため、「野球肘なら自然に治る」と一括りにはできません。
Q2.痛くなければ投げても大丈夫ですか?
痛みがないことだけで安全とは判断できません。
特に成長期では、症状だけで状態を判断せず、必要に応じて身体診察や画像検査を行います。
Q3.キャッチボールなら大丈夫ですか?
「キャッチボールだから安全」とは言い切れません。
投球によって痛みが出ている場合は、投球の強度だけではなく、その動作を続けてよいのかを考える必要があります。
Q4.野球肘になったら野球を辞めなければいけませんか?
必ずしもそうではありません。
病態や程度に応じて投球を休止し、必要な治療やリハビリを行ったうえで競技復帰を目指します。
Q5.野球肘は再発しますか?
再発する可能性はあります。
復帰後も投球負荷、疲労、休養、身体機能などを継続して管理することが重要です。
Q6.どの検査を受ければいいですか?
すべての選手に同じ検査が必要なわけではありません。
症状や身体所見に応じて、X線、超音波、MRIなどが選択されます。
26.この記事で覚えてほしい5つのこと
1.野球肘は一つの病気ではない
内側・外側・後方など、異なる障害があります。
2.肘が痛い状態で投げ続けない
日本整形外科学会も投球中止と肘の安静を重要としています。
3.疲労を軽視しない
腕の疲労を伴う投球は、青年野球投手の肩・肘障害と強く関連しています。
4.投球数は重要だが、数字だけでは判断できない
日本の研究では70球制限群で肘痛が少なくなりましたが、OCDのリスク低下までは確認されませんでした。
5.復帰は段階的に考える
「痛みがなくなった=全力投球」ではありません。
病態と身体の状態を確認しながら、段階的に競技へ戻します。日本整形外科学会も復帰時期について主治医との相談を勧めています。
27.次に読む記事
今、肘が痛い方へ→ 野球肘で練習していい?休むべき判断ポイント
保護者の方へ→ 子どもが肘を痛がったら病院に行くべき?受診の目安
痛みの場所を確認したい方へ→ 野球肘の痛む場所別チェックリスト
検査について知りたい方へ→ 野球肘の検査|X線・エコー・MRIの違いを解説
治療について知りたい方へ→ 野球肘の治療・リハビリの流れ
予防について知りたい方へ→ 野球肘の予防方法
投球復帰について知りたい方へ→ 野球肘から投球復帰するまで
筆者について知りたい方へ→ 筆者について
参考文献・情報源
[1]日本全国8,354人
Takagishi K, Matsuura T, Masatomi T, et al.
Shoulder and elbow pain in elementary school baseball players: The results from a nation-wide survey in Japan.
J Orthop Sci. 2017;22(4):682-686.
doi:10.1016/j.jos.2017.03.016.
[2]Matsuura 2021
Matsuura T, Takata Y, Iwame T, et al.
Limiting the Pitch Count in Youth Baseball Pitchers Decreases Elbow Pain.
Orthop J Sports Med. 2021;9(3).
doi:10.1177/2325967121989108.
[3]Norton 2019
Norton R, Honstad C, Joshi R, et al.
Risk Factors for Elbow and Shoulder Injuries in Adolescent Baseball Players: A Systematic Review.
Am J Sports Med. 2019;47(4):982-990.
doi:10.1177/0363546518760573.
[4]Salamh 2020
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[5]Kriz 2026
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doi:10.1177/23259671251412404.
[6]日本整形外科学会
日本整形外科学会.野球肘.
[7]MLB / USA Baseball
Pitch Smart.Pitching Guidelines.

この記事は一般的な情報提供を目的としています。個別の症状については、必ず医療機関を受診し、専門家の判断を仰いでください。

